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zoom RSS 小沢一郎代議士の強制起訴を受けて7 「小沢氏の無実を証明する新証拠が次々と」

<<   作成日時 : 2011/01/24 07:42   >>

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小沢一郎代議士の強制起訴を受けて1〜6をまだお読みでない方は、
本文の内容をご理解頂くために、まずはそちらをお読み頂きたく存じます。
推理小説のようで面白いですよ。

小沢一郎代議士の強制起訴を受けて1から6まで↓
1 http://02283852.at.webry.info/201010/article_3.html
2 http://02283852.at.webry.info/201010/article_4.html
2の訂正記事 http://02283852.at.webry.info/201010/article_5.html
3 http://02283852.at.webry.info/201011/article_1.html
4 http://02283852.at.webry.info/201011/article_2.html
5 http://02283852.at.webry.info/201012/article_1.html
6 http://02283852.at.webry.info/201101/article_7.html

↓以下、本文↓

検察審査会事務局が提出を拒み続けてきた第二回審査分の審査事件票が、
最高裁経由でようやく森ゆう子議員の元に送られてきました。
第一回審査分(黒塗りあり)、第一回審査分(黒塗りなし)、第二回審査分ともに、
下記URLから観覧(更にダウンロード)できます。

第一回審査分(黒塗りあり)→http://my-dream.air-nifty.com/siryou/files/101200.pdf
第一回審査分(黒塗りなし)→http://my-dream.air-nifty.com/siryou/files/101222.pdf
第二回審査分→http://my-dream.air-nifty.com/siryou/files/2-sinsazikenhyou.pdf

検察審査会事務局は当初、
「第二回審査分の審査事件票は最高裁の通達により作成していない」
と言っていたそうですが、ちゃんと存在するではないですか。
検察審査会事務局は国民に嘘をついたということでしょうか?
嘘をついてまで提出を拒んだのには余程な理由があるに違いない。

さて、第一回審査分(黒塗りなし)と第二回審査分を見比べてみましょう。
第一回審査分には記載されていた表題・審査が行われた場所・審査会名が、
第二回審査分には記載されていないことが確認できます。
肝心な審査が行われた場所と審査会名が書かれていないということは、
第二回の審査会自体が開催されなかった疑いが浮上してきます。

次に、第二回審査分の「(6)審査期間」内にある、
「第一回審査会議期日」の箇所に着目してみましょう。
平成22年7月13日と書かれていますね。
つまり、その日付(7月13日=第一回審査会議の終わり)をもって、
第二回審査に出頭する審査補助員が専任されなければならない筈です。
それは、第一回審査会議期日、即ち第二回審査会の開始日だからです。
因みに、審査補助員というのは、審査員達に事件の内容を説明し、
結論を出せるよう補助する役割の人で、弁護士の中から1人選任されます。
第二回審査は、審査補助員なしでは開催できないという決まりになっています。

それにしても不思議なのは、
大手新聞6社が同年9月8日に「審査補助員が選任された」と一斉に報じたことです。
これでは7月13日と9月8日のどちらに選任されたか分からず辻褄が合いません。
仮に9月8日に審査補助員が選任されたとなると、
第二回審査が開始されたのは9月8日ということになります。
小沢氏が二度目の起訴を受けたとされる9月14日のわずか7日前です。
そんな短期間で2千頁に及ぶ検察の膨大な資料に目を通すことは果たして可能か。
しかも9月8日の大手新聞6社の報道によれば、
審査補助員の選出が遅れたため議決は10月中頃になる見込みとのことでした。
ところが審査事件票には起訴議決日は9月14日と記されています。
その日はちょうど民主党代表戦があった日です。
まるで小沢氏が党代表に選ばれた場合に備え、
議決を代表戦日に無理矢理合わせたかのような印象すら受けます。
それに、もし本当に9月14日に起訴が決まっていたのなら、
なぜ起訴発表を10月4日まで先延ばししたのかが気になります。

森ゆう子議員が知人から聞いた話によれば、9月23日か24日頃、
審査会に証人出頭していた検事が森ゆう子議員の知人と立ち話をしていた際、
検事が「これから審査会に向かわねばならない」と言ったそうです。
第二回審査分の審査事件票には起訴議決日は9月14日とありますが、
9月23日か24日に検事が出頭していたとすれば、
9月14日に起訴議決が出たという発表と時系列的矛盾が生じ、
審査事件票の内容が疑わしくなってきます。

次に、第二回審査分の「(7)審査の経過」内にある、
「備考」の箇所に着目してみましょう。
そこには、「議決所作成のための会議を含めると、審査会議回数は8回、
審査補助員延べ出頭数は8回である」と書いてあります。
9月8日に審査補助員が選任されたのだとすれば、
小沢氏が二度目の起訴を受けた9月14日までの7日間に、
8回も審査会議を開くのは物理的に不可能です(最低でも8日間は必要となります)。
しかも大手新聞6社は「審査会は頻繁に開催されていた」とは書いていたものの、
毎日開催されていたとは書いていません。
果たして大手新聞6社と検察審査会事務局のどちらが正しいのか。

また、9月8日の朝日と読売には、
「第一回審査に携わり、同年4月、小沢氏に一度目の起訴を出した審査員11人中、
残留していた5人が7月末に任期を終え、審査員は全員入れ替わった」、
という趣旨が記されています。
7月末まで第一回審査会メンバーの一部が残っていたとすれば、
7月13日には第二回審査会の補助審査員は未だ選任されていない筈となります。
つまり、7月13日に第二回審査会は開始されたなかった筈となります。
そうなると第二回審査分の審査事件票に記されている内容と食い違ってきます。

もう一つ気になる点は、10月5日の朝日新聞と10月6日の読売の記事が、
第二回審査分の審査事件票に沿った内容だったことです。
森ゆう子議員からの追及を恐れ、慌てて内容を変えたのかは定かでありませんが、
これでは9月8日の記事と辻褄が合いません。
また、10月6日の読売には記者と審査会メンバーとのやり取りが記されていますが、
会議の中身も出席者が誰かも分からない検察審査会メンバーと、
どうやって接触できたのでしょうか?
本当に接触して話を聞いたのでしょうか?

他にも不審点は数多くありますが、
当ブログは飽くまで「纏めブログ・要約ブログ」なので、
更に詳しく知りたい方は、森ゆう子議員と岩上安身氏の対談動画1と2をご覧下さい。

110121森ゆうこ議員01 from iwakamiyasumi on Vimeo.


110121森ゆうこ議員02 from iwakamiyasumi on Vimeo.



こちらの方々のブログ記事も読むといいです。

http://kijinyaa.exblog.jp/14801524/
http://civilopinions.main.jp/2011/01/post_21.html
http://ameblo.jp/59rg7a/entry-10774457404.html
※上2つは今回の私の記事より後に書かれており、後日追加いたしました。

それと、下記サイトのコメント欄もこの話題で盛り上がっている模様。

http://www.asyura2.com/11/senkyo104/msg/824.html
http://sun.ap.teacup.com/souun/4015.html

追伸:
予算委員会メンバーである森ゆう子議員に言われ、
渋々仕方なく審査事件票を開示した検察審査会事務局。
来期の予算をつけて貰えなくなることを恐れ、
本来作成していなかった第二回審査分の審査事件票を慌てて作成したのだろうか。
人を裁くかどうかの重大判断を下す際に資料を作成していないこと自体おかしい。
「審査事件票」は第一回審査分、第二回審査分ともに、やっと開示されましたが、
肝心の「議事録(会議録)」に関しては、
検察審査会事務局は依然として第二回審査分の開示を拒み続けているようです。
議事録(会議録)には、
被疑者に起訴相当(あるいは不起訴など)の判断を下すまでの、
会議の経過や結論が書かれています。
それを開示できないということは、
会議など開かずに起訴相当との判断を下したと疑われても仕方ありません。
この件の真相追求をしている一部の民主党議員たちを役職から外そうと、
菅・仙谷・岡田あたりが画策しているようなので気が抜けません。

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